集団のトップと川内優輝選手の活躍

 一昨日は福岡国際マラソンでしたね。応援していた今井選手は残念ながら日本人2位。今後の五輪選考レースにも出場しないということで、ロンドン五輪への出場は厳しい状況になってしまいました。


 一方、そのレースで今井選手と激しい日本人1位争いを繰り広げ、見事競り勝ったのは埼玉県庁の川内優輝選手。後半の追い上げは、見ていた私たちにとって、大きな衝撃を与える走りでした。そんな川内選手は、皆様ご存知の通り実業団の選手ではありません。


 川内選手は、普段は埼玉県立春日部高校定時制の職員として、平日は毎日午後0時45分から午後9時15分のフルタイムで働いています。そのため、練習時間は午前中の2時間と土日だけなんだそう。しかも、土日は3週間に1度程度のペースでレースに出場しているということで、少ない練習時間を日々積み重ねながら、実戦で調整をする実戦主義を貫いているわけです。


 実業団選手は、普段40キロの距離走をしたり、合宿を張ったりと、練習時間は川内選手よりも存分に取れています。しかし、通常の実業団のマラソン選手が、1年に出場するマラソンレースは、せいぜい2レース程度。3週間に1度は実戦に出ている、川内選手とは比べ物になりません。


 その違いもあるのか、川内選手の実戦経験の豊富さは、今回の福岡国際マラソンもそうですが、実際の勝負に存分に活きてきますよね。レース終盤の駆け引きは、とても見事です。そして、こうした実戦経験によるレース中の駆け引きもさることながら、この川内選手の活躍は、日本の実業団のあり方に一石を投じるかたちになっているとも言えるのではないかと思います。


 そもそも、日本の実業団の練習・調整方法がどれほど正しいのか。いくら科学的なアプローチをしようが、豊富な練習時間を確保しようが、現実、川内選手に勝った日本人選手は、今年2月の東京マラソン福岡国際マラソンもいなかったのです。日本の実業団は、自らが創り上げたトレーニング方法を、もう一度見つめ直すべき時が来ているのではないでしょうか。


 一昨日の福岡国際マラソンもそうでしたが、いつもマラソンの中継では解説をしている瀬古利彦さんや、今井選手のトヨタ自動車九州森下広一監督も、たしかに選手としては素晴らしい実績を上げました。しかし、その自身の練習方法をもしそのまま指導者として実践しているのだとしたら、それは正しいものになるのかは分かりません。企業のトップセールスが、マネージャーとして優秀であるかは別問題であるということと同じことです。


 川内選手は、おそらく実業団からのスカウトも断り、独自のスタイルを貫いて世界で戦うことを目指しています。そして、少なくとも国内では結果を出しているのです。川内選手の活躍は、日本の実業団への提言なのかもしれません。世界とこれだけの差が付いている以上、そのまま流すにはあまりにもったいない提言なのではないでしょうか。


 得てして集団のトップにいる人たちは、自らの行いを正しいと思い込みがちです。どの業界もそうです。でも、本当にトップを走り続ける人は、物事の変化を自ら創り出す人だと僕は思います。今回の川内選手と実業団のあり方を見て、そんなことを感じつつ、日本の陸上界がさらに発展していくことを期待したいと思ったのでした。